本文
陶氏館跡土塁
すえしやかたあとどるい

文化財指定等状況
未指定
種別
史跡
時代(大分類)
中世
時代(小分類)
室町
地域
陶
所在地
山口市陶3907番地 正護寺
概要
説明
陶氏の館は、陶氏初代弘賢と2代弘政の居城で、その場所は現在の正護寺及びその前面に広がる台地一帯である。
『防長風土注進案』によると、「築地、外門、馬屋の段、御茶屋の檀、乗馬馬場、勘定場、諸氏屋敷、大門」の地名をあげ、「弘賢・弘政の旧跡なるべし」と書いている。その遺構として、正護寺の南東から北にかけて土塁跡が残っており、当時の館の広大さをとどめている。
なお、陶氏は、大内氏の分流、右田氏の子孫が陶の地を根拠地とし、「陶氏」を名乗ったといわれている。
『防長風土注進案』によると、「築地、外門、馬屋の段、御茶屋の檀、乗馬馬場、勘定場、諸氏屋敷、大門」の地名をあげ、「弘賢・弘政の旧跡なるべし」と書いている。その遺構として、正護寺の南東から北にかけて土塁跡が残っており、当時の館の広大さをとどめている。
なお、陶氏は、大内氏の分流、右田氏の子孫が陶の地を根拠地とし、「陶氏」を名乗ったといわれている。
形態
土塁
規模
高さ1.5m 幅2m×南北50m
材質
土
立地
正護寺及び前方の台地
文献
・『防長風土注進案』
・青木繁『陶村史』陶村史編纂委員会、1974
・青木繁『陶村史』陶村史編纂委員会、1974
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