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植木平之允頌徳碑

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うえきへいのじょうこうとくひ
植木平之允頌徳碑

指定区分(1)

未指定

種別

有形文化財(建造物)

時代(大分類)

現代

時代(小分類)

昭和

地域

大内

所在地

山口市大内矢田北一丁目16番1号 大内小学校

概要

説明

明治18年(1885)明治天皇の行幸に際し、鯖山トンネルを掘る事業が進められた。行幸には間に合わなかったが、急坂の難所のトンネルの設計監督に当ったのが、山口県庁土木係の弱冠21歳の植木平之允であった。
また、郷土の青年教育に尽くした人物で、大正8年(1919)に当時の金額で12,000円を寄付して大内村小学資金及び賞与金を設けた。
大正11年(1922)には工費10,000円を投じて小学校に理科室を建築して寄付した。放課後児童クラブ 「うえき学級」の名の謂れとなっている。
旧仁平寺五重塔の礎石土台石等を植木平之允頌徳碑の土台石に使用したという口伝がある。

形態

石碑

規模

高さ165cm・幅75cm・横23cm・台座高さ60cm・幅80cm

材質

石(花崗岩)

立地

大内小学校敷地内

制作者等

佐久間久吉撰文、吉野幸太郎書

製作年/建造年

昭和9年(1934)

文献

・『山口吉敷歴史物語』
・河野通毅『大内村誌』復刻版(原本:1958年発行)、マツノ書店、1988、P625-628
・山口市『山口市史 史料編 民俗・金石文』2015、P871-873

関連文化財群

維新策源地・山口