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えんこう地蔵 [光巖寺]
えんこうじぞう
![えんこう地蔵 [問田]](/uploaded/life/78476_330378_img.jpg)
文化財指定等状況
未指定
種別
有形文化財(美術工芸品)
美術工芸品の分類
彫刻
地域
大内
所在地
山口市大内問田一丁目16番8号 光巖寺
概要
説明
問田川では夏になると近隣の子どもが泳ぎに行き水難事故に遭うことがあった。えんこう(河童)が引くためである。
ある日百姓が馬を洗いに行ったところ、馬が驚いてヒヒーンといなないた。えんこうがしっぽをつかんでいたので馬が後ろ足で蹴ったところ、えんこうの頭の皿が割れ水が流れ出て気絶してしまった。
村人が子どもたちの仇だと棒きれなどでたたくと、えんこうは正気に返り「命ばかりはお助けください」「亡くなった子どもたちのために石地蔵を建ててもらえば、石地蔵の尻が腐らない限りもう出て来ません」と涙を流した。
一人の侍が「えんこうの公方様へ頼んで日本国中の人馬にいたずらをしないように計らえ」と言った。えんこうは「命を助けてくれるなら恩返しに公方様に申し上げます」と、これからえんこうのいたづらが全国になくなった。
この石地蔵をえんこう地蔵というが、明治初年までは問田の藤村の土手にあったが、開墾する時に光巖寺の門前へ移されたのである。
(『大内村誌』P657より要約)
ある日百姓が馬を洗いに行ったところ、馬が驚いてヒヒーンといなないた。えんこうがしっぽをつかんでいたので馬が後ろ足で蹴ったところ、えんこうの頭の皿が割れ水が流れ出て気絶してしまった。
村人が子どもたちの仇だと棒きれなどでたたくと、えんこうは正気に返り「命ばかりはお助けください」「亡くなった子どもたちのために石地蔵を建ててもらえば、石地蔵の尻が腐らない限りもう出て来ません」と涙を流した。
一人の侍が「えんこうの公方様へ頼んで日本国中の人馬にいたずらをしないように計らえ」と言った。えんこうは「命を助けてくれるなら恩返しに公方様に申し上げます」と、これからえんこうのいたづらが全国になくなった。
この石地蔵をえんこう地蔵というが、明治初年までは問田の藤村の土手にあったが、開墾する時に光巖寺の門前へ移されたのである。
(『大内村誌』P657より要約)
形態
石仏
規模
地面からの高さ約170cm
材質
石
立地
山門横
文献
河野通毅『大内村誌』復刻版(原本:1958年発行)、マツノ書店、1988、P657
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