本文
小郡開作経塚
おごおりかいさくきょうづか
文化財指定等状況
未指定
種別
有形文化財(建造物)
時代(大分類)
近世
時代(小分類)
江戸
地域
小郡
所在地
山口市小郡下郷
概要
説明
経塚とは仏教の経典を地中に埋納して築いた塚である。近世では小石に法華経の一字を墨書して埋納する一石経が寺院境内や村境・街道に面して築かれた。
小郡開作経塚は江戸時代初期の一字一石経塚で、道路整備事業に伴う発掘調査が行われた。
直径4~5センチメートルの石に経文を一字ずつ書き溜めた経石が約8300個出土した。その内文字判読可能なもの13個を含め、墨痕の認められるものは約300個余りである。
同経塚は築造以来、風水害により塚が壊れたため、幾度かの再建が繰り返されたと考えられている。
当時の小郡宰判代官東条九郎右衛門が慶安三年(1650)に完成した開作地の安全を祈願して建立したという伝承がある。
標石には「奉納大乗妙典塚」「寛文二年壬寅□月□日」という文字が読み取られ、これらが築造時のものとすれば築造時期は寛文2年(1662)であり、大乗妙典つまり法華経を納めたものと考えられる。
小郡開作経塚は江戸時代初期の一字一石経塚で、道路整備事業に伴う発掘調査が行われた。
直径4~5センチメートルの石に経文を一字ずつ書き溜めた経石が約8300個出土した。その内文字判読可能なもの13個を含め、墨痕の認められるものは約300個余りである。
同経塚は築造以来、風水害により塚が壊れたため、幾度かの再建が繰り返されたと考えられている。
当時の小郡宰判代官東条九郎右衛門が慶安三年(1650)に完成した開作地の安全を祈願して建立したという伝承がある。
標石には「奉納大乗妙典塚」「寛文二年壬寅□月□日」という文字が読み取られ、これらが築造時のものとすれば築造時期は寛文2年(1662)であり、大乗妙典つまり法華経を納めたものと考えられる。
文献
山口県埋蔵文化財センター『浦辺古墳群 大浦古墳群 梅ヶ崎古墳群 小郡開作経塚』1998、P129-146
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