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霊光院五重小塔

印刷用ページを表示する掲載日:2021年7月5日更新 <外部リンク>
れいこういんごじゅうしょうとう
霊光院五重小塔

種別

有形文化財(建造物)

指定区分(1)

市指定

指定区分(2)

有形文化財

指定年月日

平成2年6月22日

時代(大分類)

近世

時代(小分類)

江戸

地域

名田島

所在地

山口市名田島3483番地

概要

説明

 寺伝によると、この塔の由来は次のとおりである。
 文政5年(1822)長州藩主毛利斉熈(なりひろ)が防府天満宮の境内に五重塔建立を計画した。
 斉熈から家督を継いだ斉元(なりもと)もその志を継ぎ建立工事を進めた。
 しかし、天保2年(1831)の百姓一揆により工事は中断するに至った。
 塔の建立を命じられた大工は、宮市に住む松屋喜右衛門という棟梁であった。
 喜右衛門は建立の命を受けると、20分の1の塔雛型を造った。
 建立工事の中断後、喜右衛門はこの雛型を日頃帰依している常栄寺の諦洲(ていしゅう)和尚に贈った。
 隠居し、霊光院に住んでいた諦洲和尚は、小塔の寄進を喜び、塔の台石の中に53,000体の戒者の位牌を納め供養塔とした。
 防府天満宮では、建立工事の中止後、その材料で現在残っている春風楼を造った。
 なおこの五重小塔は平成3年に地蔵院に移された。

規模

高さ約2.8m

材質

総欅造り

立地

霊光院の開山堂の中に置かれていた。

制作者等

松屋喜右衛門