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陶氏館跡土塁

印刷用ページを表示する掲載日:2021年10月20日更新 <外部リンク>
すえしやかたあとどるい
陶氏館跡土塁

種別

史跡

指定区分(1)

未指定

時代(大分類)

中世

時代(小分類)

室町

地域

所在地

山口市陶3907番地 正護寺

概要

説明

 陶氏の館は、陶氏初代弘賢と2代弘政の居城で、その場所は現在の正護寺及びその前面に広がる台地一帯である。
 『防長風土注進案』によると、「築地、外門、馬屋の段、御茶屋の檀、乗馬馬場、勘定場、諸氏屋敷、大門」の地名をあげ、「弘賢・弘政の旧跡なるべし」と書いている。その遺構として、正護寺の南東から北にかけて土塁跡が残っており、当時の館の広大さをとどめている。
 なお、陶氏は、大内氏の分流、右田氏の子孫が陶の地を根拠地とし、「陶氏」を名乗ったといわれている。

形態

土塁

規模

高さ1.5m 幅2m×南北50m

材質

立地

正護寺及び前方の台地

文献

・『防長風土注進案』
・青木繁『陶村史』陶村史編纂委員会、1974